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最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)10号 判決 1971年10月28日

上告人

井上千代子

代理人

轡田寛治

被上告人

受川金太郎

被上告人

笹沼清作

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人轡田寛治の上告理由第一点、第四点ないし第六点について。

原審が、被上告人笹沼清作(以下、被上告人笹沼という。)に対し、本件建物中同被上告人の占有部分を自己に明け渡すべきことを請求しているが、そのためには、上告人自身がいかなる権利を有するかを主張し、立証することを要するところ、上告人はこの点について何も主張しないから、右請求は主張自体失当であつて理由がない旨説示し、上告人の控訴を棄却したのは正当である。本件記録にによつても、上告人が、原審において、被上告人笹沼に対し右明渡を求める請求の原因として所論賃借権の主張をしたものとは認められず、また、上告理由第五点において引用する昭和四三年九月二六日付準備書面は原審の口頭弁論期日に陳述されていないのである。所論引用の諸判例は、本件と事案を異にするか、または、原判決がこれと相反する判断をしているものではないと認められる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、その指摘する各主張が原審において提出されたことを前提として原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第二点について。

被上告人受川金太郎(以下、被上告人受川という。)と上告人との間の本件建物の贈与について、民法七〇八条にいう給付があつたものとは認められないとして、同条の適用を否定した原審の判断が正当であることは、上告理由第三点について説示するとおりである。そして所論(ロ)の原判示は、上告人の第一審相被告簾藤八郎に対する請求に関し、原判示上告人に対する権利移転の各附記登記は、無効な贈与を前提とするものであつて、実体上の権利移転を伴わない無効のものである旨を説示したに過ぎないものであるから、原判決に所論のような理由そごの違法はない。それゆえ、論旨は、採用することができない。

同第三点について。

原判決の確定したところによれば、上告人は、東京銀座のバー「ロンシヤン」に勤めていた頃、客としてきていた被上告人受川と知り合い、昭和三八年一一月頃から情交関係を生ずるにいたつたが、その前後頃から被上告人受川より上告人に対し、自分が上告人の面倒を見てやる、本件建物はまだ被上告人笹沼の所有であるが、自分は同被上告人に金を貸しており、右建物を取得したうえ上告人に贈与するから、これに転住してもらいたい等と原判示のようにいつて、被上告人受川と上告人との間に、いわゆる妾関係継続維持の合意がなされるとともに、その目的で本件建物につき贈与契約が成立し、上告人は昭和三九年二月頃右建物に転居したところ、被上告人受川において、昭和四〇年六月七日被上告人笹沼から代物弁済として本件建物の所有権の譲渡を受け、同年七月一五日その所有権移転登記を経由したというのである。かような事実関係のもとにおいては、右贈与は、民法七〇八条にいう不法の原因に基づくものというべきである。

しかし、原判決によれば、本件建物は既登記のものであつたことが窺われるのであるが、本件においては、右贈与契約当時、上告人は被上告人受川から本件建物の引渡を受けたことを認めうるにとどまり、被上告人受川は、その後、本件建物の所有権を取得し、かつ、自己のためその所有権移転登記を経由しながら、上告人のための所有権移転登記手続は履行しなかつたというのであるから、これをもつて民法七〇八条にいう給付があつたと解するのは相当でないというべきである。贈与が有効な場合、特段の事情のないかぎり、所有権の移転のために登記を経ることを要しないことは、所論のとおりであるが、贈与が不法の原因に基づくものであり、同条にいう給付があつたとして贈与者の返還請求を拒みうるとするためには、本件のような既登記の建物にあつては、その占有の移転のみでは足りず、所有権移転登記手続が履践されていることをも要するものと解するのが妥当と認められるからである。原審が、右と同趣旨の見解のもとに、本件につき民法七〇八条の適用を否定した判断は、正当として是認することができる。したがつて、論旨は採用するに足りない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(大隅健一郎 岩田誠 藤林益三 下田武三 岸盛一)

上告理由

第三点 原判決は民法第七〇八条の解釈を誤り(法律違反し)上告人の昭和四三年九月二六日付準備書面の二に主張した請求をしりぞけた。右第二点の(イ)に原審が給付につき判断したことは法律の解釈を誤り従つて法の適用を誤り判決に影響を及ぼしたのである。右条文中の給付と云ふものが原審の云ふ通りであるならば本件における被上告人受川に請求する必要はない。すでに本件不動産は登記済であるからであるから本件の如き請求をする必要はない。所有権移転する場合に必ず登記手続を完全に済ませることが法律上要求せられて居れば数多き登記手続請求の訴訟は皆無になることは言をまたないのである。また民法も斯ることを定めておらない。登記は公示の具とするのみ。民法第七〇八条に云ふ所の給付は原審で云ふ所の右第二点で述べた原審判示のようなものでない。従つて法律の解釈を誤り前記の如く上告人の請求をしりぞけた原判決は破棄せられなければならない。

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